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めくるたび
駅と駅舎を巡る鉄道の旅

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プロフィール

高橋 良算(たかはし よしかず)
ハンドルネーム:ていしゃば(→作者にメールを送る

1972年生まれ。東京都町田市出身。

 

基本的には乗り鉄。最近は駅・駅舎・駅名の深みへとはまりつつある。
よって「一日でも早く鉄道全線完乗」と「一駅でも多い駅で途中下車」という
相反する命題に呻吟する日々。

気になるのは、鉄道と地域社会のかかわり。車両なら国鉄型。

座右の銘は「駅舎無常」。

2005年5月から2008年4月まで、All About 鉄道旅行ガイドをつとめる。
(その他のおもな仕事履歴はこちら

2007年6月30日、遅ればせながらJR全線完乗を達成(越美北線一乗谷駅)。

当面の目標は、日本の鉄道全線完乗。沖縄県訪問。

鉄ちゃんたちに100の質問。」への回答はこちら。
駅と駅舎を愛する人へ50の質問」への回答はこちら。

鉄道遍歴の回顧、あるいは述懐、または言い訳

世間からは「テツ(=鉄道ファン、鉄道マニア、鉄ちゃん、鉄ヲタ……いろいろありますが、まあどれでも結構です)」の中でも筋金入りと思われることが多いですが、私の場合、本格的に鉄道であちこち行くようになったのは、比較的最近のことなのです。これについて少々書いてみます。

なぜか幼い頃から地図が好きで、道路地図を製本がバラバラになるくらい眺めておりました。それで早いうちに全国の地図は頭に入っていましたが、このあたりに、鉄道を好きになる下地はすでにあったといえるでしょう。

時刻表は、小学4年生くらいに学校の「授業」で初めて手にします。それと同じ頃、小学館のコロタン文庫「国鉄駅名全百科」を、ボロボロになるまで読んでいました。考えてみれば、地図と時刻表の共通点は、地名(駅名)にあるわけです。鉄道の世界への入口が「駅名」だったということに、深い感慨を覚えずにはいられません。

しかし小学生後半は、切手・風景印の収集に熱を上げることに。それが高じてジュニア向け切手趣味誌の編集委員なんてやっていました。その関係もあり、新宿の郵趣会館や丸の内の東京中央郵便局、竹橋の逓信総合博物館などに足しげく通いましたが、そういう時も地下鉄の乗り継ぎなどを考えるのは普通に楽しいものでした。

中学生になると、吹奏楽部の友人の影響でクラシック音楽にはまります。ハイドンやモーツァルトなどすっ飛ばして、一気にショスタコーヴィチという偏向具合。でも今にして思えばその友人はテツでもあり、一緒に「東京近郊区間大回り」なんてやってました。しかし、国鉄がJRになった日のことはほとんど覚えていません。

初めての時刻表一人旅は高校1年で、これは遅いほうでしょう。中央線の夜行列車・急行アルプスに乗って信州へ(その時使った時刻表)。仁科三湖付近を散策したあと松本からバスで美ヶ原まで行った記憶があります。しかしその後は、友人と飯田線に乗りに行ったり、富士急で富士五湖周辺に行ったりした程度で、特にこれといった鉄道旅行はしていないのです。

ところが、1991年頃から青春18きっぷでの鉄道旅行に突如開眼、その後は周遊券にも手をのばして各地へ出かけるようになります。宮脇俊三の著作、中でも「最長片道切符の旅」「時刻表2万キロ」に多大な感銘&影響を受けたこともあるでしょう。当時の鉄道車両知識は、急行形と近郊形、例えば165系と113系の違いすら見分けられないありさま。でも、鉄道ジャーナル社の「旅と鉄道」はよく読んでました。

ところが1995〜1999年頃、鉄道趣味における空白の4年間がやってきます。なぜか鉄道への興味が薄れてクルマでの遠出ばかりしていたのです。気がつけば、深名線はなく、碓氷峠は消え、急行津軽も八甲田も過去のものとなっていたのでした。

そんな状態で迎えた2000年頃、ひょんなことで杉崎行恭著「日本の駅舎」を読み、なぜだか妙にその世界が心の琴線に触れたのですね。それをきっかけに空白の時間を取り戻すべく再び鉄道趣味熱が再燃し今に至る、というわけです。

ほら、こうしてみると、私のテツ歴は正味15年にも満たないでしょう?……って、いったい誰に言い訳しているのかわかりませんが。